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05:拘束 「これを、貰ってくれないか」 そう言って差し出された鈴影さんの手の中には、美しい紺色のビロードを張った小さな小箱が握られていた。 あたしは昼下がりのロッジでソファに座って紅茶を飲みながら、小さく首を傾げた。 「何?」 「開けてごらん」 不思議に思いながら渡された小箱を開けると、中にはとても綺麗なブレスレットが納められていた。 細い銀のチェーンに煌めく星が幾粒も瞬いて、眩い光を放ち、輝いている。一目で高価なものだと分かる美しい細工に、あたしは思わず魅入っ てしまった。 うわぁ、とっても綺麗。でもそれに比例してすっごく高そうだわ……。 「綺麗なブレスレット……」 「着けてあげよう」 「え、いいわよ。壊しちゃったら困るもの」 余りに高価そうなそのブレスレットに戸惑ってそう言うと、鈴影さんは可笑しそうに笑って、小箱から細いチェーンを取り出した。 それは日の光を浴びて小箱に入っていた時よりも数段煌めいて見え、今にも千切れてしまいそうに見えた。あたしはされるがままで、鈴影さ んがあたしの腕にそのブレスレットを着けてくれる様子を、ただじっと見つめていた。 「とてもよく似合う」 器用にブレスレットを着けてくれた鈴影さんが、その美しい瞳を細めて嬉しそうにそう言った。 あたしの腕には、キラキラと輝くブレスレットが揺れていて、まるで天の川があたしの腕にやってきたように見えた。もしかしなくても、このキラ キラしたのはダイヤモンド、よねぇ……。綺麗だけど身分不相応な感じがひしひしとっ。 「ありがとう、と言いたいところだけど、こんな高価なもの貰えないわ」 膝の上で煌めくブレスレットを見ながらそう言うと、鈴影さんはその涼しげな目元を微かに曇らせて、 「何故?」 と、問うた。 何故って言われてもねぇ……。すごく綺麗だしデザインは可愛いし、気に入っているのは事実だけど、やっぱり高価過ぎるっていうのがネック よね。気が引けるっていうか、困ってしまう。 だからあたしは素直にその気持ちを伝えようとした。 「えっとね、鈴影さんがこれをプレゼントしてくれようとした気持ちはとても嬉しいわ。だけど、こんな高価なものは貰えない。気持ちだけで十分よ 」 ね? と軽く首を傾げると、鈴影さんは翳った瞳であたしを見つめ、あたしの腕を掴んで自分の元へと引き寄せた。 「きゃっ」 「これは君だけの為に選んだものだ。君が要らないと言うのなら、捨てる。これの存在する意味が無いからだ」 「鈴影さん……」 その辛そうな告白は、あたしの胸を強く打った。鈴影さんはどうしてこんなことを言うんだろう。いつも冷静で落ち着いている鈴影さんらしくない 、感情的な声。あたしは意外なものを感じ、それを見逃さない様にしっかりと鈴影さんを見据えた。 「どうして、そんなことを言うの? こんなに綺麗な物を捨てちゃうだなんて、勿体ないわ」 視線は外さないまま柔らかい口調でそう言うと、鈴影さんは小さく首を振って答えた。 「君が着けている姿を思い浮かべながら買った。君以外の人間に着けさせるのは、嫌だ」 刺すような鋭い視線があたしの胸を打ち、あたしの心をいっぱいに満たした。あたしの為に、その言葉がとても嬉しかった。 「……男性が女性にブレスレットを贈るのは、その人を自分の選んだ鎖で拘束したいからなんだそうよ。鈴影さんがこれを選んだのも、そういう 理由?」 あたしの左手首を掴んでいる鈴影さんの大きな手の上に自分の手を添えて、鈴影さんの瞳を覗き込む。鈴影さんは少し驚いた顔をして、小さ く頷いた。 「そうかも、しれない」 あたしは半ば呆然としたその呟きに、感情に突き動かされるまま鈴影さんの唇に自分の唇を重ねた。暖かい体温と感触が薄い皮膚越しに混 じり合い、溶け合って。 抱きしめられて、情熱的なキスを受けながら、あたしは少し躊躇してけれど静かに左腕で鈴影さんの首を抱いた。 鈴影さんが、この美しく繊細な鎖であたしを縛るというのなら、あたしはこの鎖の着いた自らの腕で鈴影さんを拘束しよう。手に入れた愛を、も う離しはしないよと嘯いて、逃げられないように。 「このブレスレット、本当に貰ってもいいの?」 漸く離れた唇の合間でそう囁くと、鈴影さんは嬉しそうに頷いて、 「勿論。これは、君の為に買ったんだからね」 と、熱っぽい口調で囁いた。 あたしの腕には美しい天の川が横たわり、鈴影さんの腕の中には鎖に繋がれたあたしが横たわった。 たまにはこんな贅沢もいいかしら。あたしはそう考えて、目の前の愛しい人にあえかな口付けをせがんだ。 |