04:キス









 触れる唇と唇とが、熱い。


 身体の奥底で、燠火のような熱が燻っている。黒い煙を立てて焦げ臭い匂いを放って、それでも消えないのはそこに一筋の光が存在するから だろう。
 あたしの熱を再燃させる、発火剤。愛に満ちた口付け。

「ん……ッ、はぁ……」

 触れる唇と唇とが、熱い。
 ああこれは鈴影さんの熱だ。狂おしいほどにあたしを求める彼の熱が、あたしに伝播しているのだ。
 身体を駆け巡るそれは、いつもあたしをいっぱいにして、あたしの情欲を煽っていく。無性に喉が乾いて、仕方が無い。掠れた声しか出なくて、 それが嫌にいやらしいのだ。

「鈴影、さん……」

 ほら、するりと喉を滑り落ちることのない声は、限界まで満ちた情欲に掠れて。掠れて。
 潤んだ瞳で見上げるあたしに、鈴影さんは行動で答えてくれる。即ち、再度のキスで。

「ぁ……、んぅ」

 少しだけ開いた唇を割って、ぬるりとした舌が、あたしの舌に絡みつく。まるで生き物のように口腔を蹂躙しては、逃げて行く。歯列を辿って、 舌を甘噛みされると、あたしはもう立っていられなくなって、

「……ッ」

 逞しい鈴影さんの腕に、崩れ落ちる身体の全てを任せてしまうのだ。

「ベッドに?」

 笑いを含んだ声で囁かれて、頷いて。だけど結局のところ、あたしに選択肢は無いのだった。
 鈴影さんは巧妙な周到さであたしを陥落し、その首に縋り付くように抱きつくあたしを抱え上げ、一夜の褥へそっと埋めてしまう。あたしはされ るがままで、ただじっと鈴影さんの瞳を見つめ続けている。美しい黒炭の瞳が、情欲に潤んでいく瞬間を見逃すことがないように。
 慣れたシーツの隙間から、鈴影さんの匂いがする。いつも彼から香るオーデコロンの香りは、普段から余りプライベートを見せない彼の内側に 図らずも入り込んでしまったかのような錯覚を思わせる。本当は、そんなことは無いのに。

「鈴影さん、キスをして? いっぱいキスをして、あなたがここに居るって証明して」

 近くに無い熱にあたしは不意に不安になって、あたしの上で真白いシャツを脱いでいた鈴影さんの腕にそっと指を添えた。外気にひやりと冷え た肌は、けれどさらりと乾いていて、まるでビロードのような手触りだった。

「いくらでも、望まれるままに」

 そう言って合わされた唇は、吐息さえも逃さないと、微かに喘いで継いだ息さえも貪られるほどの激しいキスだった。

「ん、んぅ……、っは、ぁ……」

 くらくらと眩暈がする。酸欠なのかこの激しい口付けのせいかは分からなかったけれど、あたしはぼんやりとした思考を早々に放棄して目先の 情欲に溺れた。
 まるで娼婦のように愛しい人の首筋に腕を絡めて、何度も吐息を交換する。角度を変えて場所を変えて、何度も何度も。
 目尻に浮かんだ涙が頬を伝っても、口付けが途切れることは無かった。あたしがそれを望んでいるのが、鈴影さんには分かっていたからだ。
 やめないで、もっとくっついていたい。いっそ、この身体が溶けてしまう程に。

「積極的なユメミはとても魅力的だけど、少し心配になる。……何に、怯えているんだ」

 互いを貪る獣のような口付けを止めて、鈴影さんがあたしの髪を掻き上げる。シャワーを浴びた後の髪はしっとりと湿り、水分を吸ったせいでよ りカールのかかった癖毛は、まるでパーマをあてているみたいに見えた。そんな髪に綺麗な指先を絡めて弄ぶのは、鈴影さんの癖だ。柔らかな 髪が心地良いのだと、彼は笑う。
 あたしはシーツに身体を埋めたまま、真剣な眼差しで問い掛ける鈴影さんの視線を受け止めることが出来ずにいた。
 自分でも分からない、この不安感を言葉にする自信が無かったからだ。触れていたいと思うのは、心が寂しいから。でもその理由が分からな い。ただ漠然とした負の感情がそこにあるということだけが、確かなもので。

「分からない……でも、こうして触れ合っているだけで、少し気持ちが楽になるの。だから、お願い。もう少しこのままで」

 キスを、していて。
 不安なんていつかは薄れてしまうものだから、だから心配しないで。あたしは大丈夫。そう言い聞かせて、微笑んだ。

「あなたに触れているだけで、あたしはきっと強くなれる」

 触れる唇と唇とが、熱い。
 互いの熱を交わし合うこの行為の果てに、熱は昇華していく。なら、いつかはこの不安だって消えてしまう筈だから。
 今はもう少しこのままで、あなたのキスを感じていたい。


「本当は、鈴影さんのキスが好きなだけかも」
「……熱烈な告白だね」






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