01:声









 小さい頃は、沢山の夢があった。
 とっても幸せなお嫁さんになりたいと思っていたし、ケーキ屋さんにもお花屋さんにも看護婦さんにもなれると思っていた。未来はとても明るくて、平凡でも楽しい将来が拓けていると根拠もなくずっと信じていたような気がする。
 ……決して、今が幸せじゃないっていうわけじゃないの。むしろ、毎日がとても楽しくて充実してる。
 世界中に散らばってしまった聖宝を探し歩くのも、ただ平凡に毎日を過ごしていては出来ないことだし、とても大変だからこそ達成感があってやり甲斐がある。けれど、それが時にとても怖くなることがある。
 それは、明日も皆がそこに居るのかという不安。
 危険と隣り合わせの旅ではいつも誰かしら怪我人が出るし、時には死を覚悟することだってある。その時の自分の気持ちや決意を嘘だとは思わないけれど、もしそれが現実になってしまったらと思うだけで、おかしいくらいに体が震えるのよ。
 どうしたって、どれだけ祈ったって未来なんて来ないのかもしれないと。そんな風に思ってしまう自分がとても嫌で、あたしはいつも自己嫌悪の渦の中で体を丸めて蹲る。
 いつも明るくて元気いっぱいのあたしはどこへ行ってしまったのって、自分でも思うけど。そんなあたしは最初からいなかったんだって嗤っている自分がいる。
 小さい頃の夢が叶わないことを知ってしまった今のあたしは、あの頃のあたしには戻れない。あたしはきっと、変わってしまったのだ。諦めることを覚えてしまった、大人に。

「ユメミ?」

 背後から声を掛けられて、はっと我に返る。色を失っていた景色が急速に視界を染め、あたしは何度か瞬きをして、振り返った。

「鈴影さん……」

 鈴影さんの、少し低くてでも艶っぽい声が好き。時に激しく険しく、全てを断罪するその声はあたし達を励まし勇気をくれる。
 あたしは窓の外を眺めていたその姿勢で、しばらくの間じっとしていたようだった。凝り固まった筋肉がギシギシと軋むのを感じて、口端だけで苦笑する。

「ちょっと、考え事をしていたの」

「考え事?」

 言いながら鈴影さんがその逞しい腕の中にあたしを包むように抱き込んで、あたしの後ろから窓の外を眺めた。優しい体温が次第に溶け合ってひとつになるのを、あたしは幸せな気持ちになりながら背中で感じていた。 

「そう、考え事」

 回された腕に添えるように指を掛けて、呟く。
 透き通ったガラス窓の向こうでは、庭師のお爺さんが丁寧に植樹を刈り込んでいるのが見える。穏やかな日常、そんな言葉がとても良く似合う光景。
 なのに、どうしてこんなにも胸が騒ぐのだろう。どうしてこんなに、悲しい気分になるんだろう。
 あたしはそんな不安感に耐えるように俯き、回された腕を強く胸元に抱きしめた。どうすればこの思いが消えるだろう。誰が消してくれるのだろう。どうすれ、ば。
 そこまで考えて、あたしははたと自分のことしか考えていないことに気付いた。
 優しい腕は、いつだってしなやかで強くあたしを抱きしめるのに、あたしはその腕に何を返せているだろうか。誰の思いをも深く包み込んで安心させてくれるこの美しい人の心を癒してくれるのは、誰だろう。

「どうした?」

 艶のある美しい声が、少し翳りを帯びてあたしの耳に届いた。
 至近距離で囁かれた言葉が鼓膜に反響して、頭蓋を揺らす。そう、この人はいつだって誰かを心配して、こう囁くのだ。
 あたしは胸が締め付けられるような切なさを感じて、瞳を潤ませた。

「何でもないわ」

 いつもそう返してあげられるような、そんな平和な日々が来ればいいと思う。
 あなたを苦しませるものなど何も無い、そんな世界になればいいと。
 心配しないでと囁いた声はやっぱりみっともなく掠れていて、あたしはどうしたって震えてしまう声で、

「……本当に、何でもないの」

 と、小さく小さく呟いた。






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